第2回(10月21日)「長伐期林は伐期をのばすだけで作りうるのか」
講師:千葉 幸弘 氏 (森林総合研究所 植物生態研究領域 物質生産研究室長)
長伐期林を考えるとき、それにまつわる様々な疑問にぶつかります。例えば、施業計画を変更して伐期を単に延長するだけで長伐期林になるのか、長伐期林にする利点とは何か、長伐期林の弱点は何か、そもそも長伐期林と短伐期林の構造や成長に違いはあるのか、長伐期林を目指す理由は何か、長伐期林にメリットがあるとしたら誰がそのメリットを享受できるのか。また伐期を延長すれば、どんな施業履歴の森林にも再生の可能性はあり得るのか。
長伐期林にまつわる問題を考えるためには、森林資源整備の長期計画に照らして、今後目標とする森林の有り様・将来像における長伐期林の具体的なイメージが必要です。主林木の樹齢が高いという意味では、複層林も混交林も天然林も長伐期林と同様であり、そもそも伐期の概念自体が必ずしも明瞭ではありません。そうした点にも触れながら、短伐期林を長伐期林に誘導・管理する上での技術的諸問題について、最近の研究成果や関連情報を紹介しながら考えたいと思います。
主な内容としては、高齢林に適用可能な成長予測、林木の形質(形状比や年輪幅)の評価と予測、林冠再閉鎖の所要期間、間伐管理の考え方、樹形の変化と気象害リスクなどです。こうした技術的課題を解く上でもっとも厄介な問題は、短伐期一斉林を長伐期林・複層林・混交林等に転換することによって森林の構造が複雑になるということです。つまり、森林の見極め方も取り扱い方法も単純ではあり得ません。長期間にわたる複雑な要因が関与する森林の施業・経営には、客観的かつ科学的な根拠に基づいた予測手法が必要と考えます。
講師セミナー要旨から
セミナーの整理
人工林の長伐期化が施策の一つとして進められている。これは、単に施業計画を変更し、伐期を延長すればよい、というものではないのは明らかである。
そもそも、長伐期林の利点・弱点は何か。伐期を延長すれば、どんな施業履歴の森林にも再生の可能性はあるのか。複雑化する林分構造を、マクロレベル、現場レベルでどのように管理していくのかについて、最新の科学的な知見をベースに議論を行った。
(1)樹冠(枝葉)動態を組み込んだ成長モデルの開発
樹冠は森林の込み具合を示す重要な指標の一つである。それにも関わらず、従来は成長モデルに組み込まれていなかったため、樹冠構造の変化を組み込んだ、より当てはまりのよいモデルを開発した。
同様に、樹冠情報に林分密度などのデータを加えて、林内の光環境を予測するモデルも開発し、列状間伐後や孤立した林分内の光環境を予測することで、複層林化や広葉樹の侵入予測などに活用できるようになった。また、林冠が再閉鎖するまでの所要時間は、今まで計算例がなかったが、間伐前後の樹冠の変化をもとに、再閉鎖の時間を計算することができるようになった。
長伐期林の林冠は、非閉鎖になることから、現在の人工林施業の基礎となっている密度管理図の適応除外になり、密度管理図の理論から導出された従来の予測モデルも適応できなくなる。しかし、今回のセミナーで紹介されたモデルを活用することで、一斉林から誘導されるようなある程度均一な林分であれば、林冠が閉鎖しなくなった高齢林の成長予測に用いることができるようになった。
(2)長伐期化への判断
それでは、現在の人工林の多くを占めると思われる保育遅れの人工林は、伐期を延長すれば、どんな森林にも再生の可能性はあるのだろうか。
ある林分を長伐期化することができるかどうかは、樹冠長の伸長量を一つの指標とすることができる。樹冠が極端に少なくなると成長に影響し樹冠の回復が困難になる。つまり、森林の樹高成長ポテンシャルを把握しておくことが重要である。
次に実際の間伐率とその頻度はどうであろうか。樹冠の回復速度の研究から、樹冠長率の回復にかかる時間の一覧表が作成された。この結果から、強度間伐ではなく、弱度間伐を繰り返すなどの対応が必要になることが分かった。千葉氏は、このような弱度間伐の繰り返しは「通常の林家には(コスト面から)無理」という意見だったが、それに対して、実際に保育遅れの林分を管理している委員からは「強度間伐の方が多少のコストダウンになるが、実際の生産性はあまり変わらない」との指摘もあった。
なお、長伐期林の気象害のリスクについては、①直径の増加による物理的抵抗力の向上に対して、②林内を吹き抜ける風が強くなる、という話もあったが、過去の経験から風倒の危険の高いところは見いだしうるとの話もあった。
(3)複雑化する森林群落をどのように管理していくのか
千葉氏のシュミレーションモデルについて、現場で活用可能な形への更なるブラッシュアップを望む声がある一方、その活用に当たっても現場の判断能力が重要との指摘があった。
千葉氏は、そもそも長伐期化の理由の一つとして、拡大造林の反省から、多様で健全な森林を誘導することがあったはずだと指摘する。これにより、従来の「伐期」という管理概念は通用しなくなり、現場ごとの判断が非常に重要になってくるが、その判断のための科学的な情報・知識が不足しており、また関係者のこれまでの短伐期施業での経験知も通用しない未知の領域である。
研究者が一般に向けて分かりやすく発表し、それを現場が実際の経験を経て、フィードバックするような好循環が必要だと思われる。